靴の修理を通じて届ける、 「時を超えて愛されるもの」。

これからの時間を、より長く一緒に、歩めるように。
お客さまの手元に届いてからが、
「パートナー」の始まりだからーー
 
使い手の思いに丁寧に寄り添い、
「修理」という形でものと向き合う、
靴の修理店を訪ねました。

1982年神奈川県出身。専門学校で靴づくりを学び、在学中に“靴の神様”と呼ばれ、吉田茂元首相や石原裕次郎など著名人の靴をつくってきた「ハドソン靴店」の先代・佐藤正利と出会い、師事。先代の亡き後、2代目として受け継ぎ「他の修理店で断られた靴を修理する」職人として徐々に口コミが広がり、やがて海外からも依頼が舞い込むように。お客さまの思いに丁寧に寄り添うことを大切にしている。

東急東横線・横浜駅の一つ隣、反町駅から歩いて数分のところにお店を構えるのは、1961年創業の「ハドソン靴店」。商店街に佇むこのお店を目指して、他の修理店で断られた靴や、100年もの時間を刻んだ歴史のある靴など、特別な一足を携えたお客さまが、全国各地から集まってきます。

靴の修理職人で2代目の店主である村上塁さんは、「実際に修理の作業をする時間よりも、お客さまと向き合う時間を大切にしています」と言います。どのような要望を持たれているのか、どんな履き方をされているのかーーお客さまに修理方法の最善策を提案するために細かく“カウンセリング”を行い、ときには3時間ほどかけながら、お客さまの思いに耳を傾けるのだそう。なぜ村上さんはこれほどまでに、お客さまに丁寧に寄り添うのでしょうか。その理由を、土屋鞄が「つくり手」として知るために、村上さんのもとへ伺いました。

これからの時間を、より長く一緒に、歩めるように。
お客さまの手元に届いてからが、
「パートナー」の始まりだからーー
 
使い手の思いに丁寧に寄り添い、
「修理」という形でものと向き合う、
靴の修理店を訪ねました。

東急東横線・横浜駅の一つ隣、反町駅から歩いて数分のところにお店を構えるのは、1961年創業の「ハドソン靴店」。商店街に佇むこのお店を目指して、他の修理店で断られた靴や、100年もの時間を刻んだ歴史のある靴など、特別な一足を携えたお客さまが、全国各地から集まってきます。

靴の修理職人で2代目の店主である村上塁さんは、「実際に修理の作業をする時間よりも、お客さまと向き合う時間を大切にしています」と言います。どのような要望を持たれているのか、どんな履き方をされているのかーーお客さまに修理方法の最善策を提案するために細かく“カウンセリング”を行い、ときには3時間ほどかけながら、お客さまの思いに耳を傾けるのだそう。なぜ村上さんはこれほどまでに、お客さまに丁寧に寄り添うのでしょうか。その理由を、土屋鞄が「つくり手」として知るために、村上さんのもとへ伺いました。

ハドソン靴店 2代目店主
村上 塁

1982年神奈川県出身。専門学校で靴づくりを学び、在学中に“靴の神様”と呼ばれ、吉田茂元首相や石原裕次郎など著名人の靴をつくってきた「ハドソン靴店」の先代・佐藤正利と出会い、師事。先代の亡き後、2代目として受け継ぎ「他の修理店で断られた靴を修理する」職人として徐々に口コミが広がり、やがて海外からも依頼が舞い込むように。お客さまの思いに丁寧に寄り添うことを大切にしている。

思いに寄り添う姿勢が、
やがて修理専業の道へ。

村上さんと「ハドソン靴店」の出会いは、靴の専門学校に通っていた頃。「在学中、講師の先生に『ハドソン靴店』の初代店主、佐藤正利さんをご紹介いただいて。多くの著名人の靴も手掛けて“靴の神様”と呼ばれていた佐藤さんの技術は、学校で教わってきたものと全く異なっていました。そのときに、ここで“生きた技術”を磨きたいと思い、約2年間師事しました」。その後、佐藤さんが亡くなったことを聞き、閉店していたお店を村上さんが再開したのが10年前。「僕は、出会う人にとても恵まれてきました。なので、これまでお世話になった方たちに、きちんとお返しをしたいと思ったんです」。

「ハドソン靴店」を受け継いだ当初は、ビスポーク(靴のオーダーメイド)も手掛けていた村上さん。ところがしばらくすると、他の修理店で断られた靴や、希望とは異なる状態で修理された靴が、お店に届くようになったのだそう。そうした依頼に応えるうち、お客さまの依頼に丁寧に寄り添う姿勢と、一足一足、お客さまの思いを形にする技術の高さが評判となり、いつしか海を越え、フランスからも靴の修理を依頼されるように。そこで、より多くの靴の修理に携わりたいと、修理業に専念することを決意します。以来「ハドソン靴店」には、靴の修理依頼が押し寄せるようになりました。

村上さんと「ハドソン靴店」の出会いは、靴の専門学校に通っていた頃。「在学中、講師の先生に『ハドソン靴店』の初代店主、佐藤正利さんをご紹介いただいて。多くの著名人の靴も手掛けて“靴の神様”と呼ばれていた佐藤さんの技術は、学校で教わってきたものと全く異なっていました。そのときに、ここで“生きた技術”を磨きたいと思い、約2年間師事しました」。その後、佐藤さんが亡くなったことを聞き、閉店していたお店を村上さんが再開したのが10年前。「僕は、出会う人にとても恵まれてきました。なので、これまでお世話になった方たちに、きちんとお返しをしたいと思ったんです」。

「ハドソン靴店」を受け継いだ当初は、ビスポーク(靴のオーダーメイド)も手掛けていた村上さん。ところがしばらくすると、他の修理店で断られた靴や、希望とは異なる状態で修理された靴が、お店に届くようになったのだそう。そうした依頼に応えるうち、お客さまの依頼に丁寧に寄り添う姿勢と、一足一足、お客さまの思いを形にする技術の高さが評判となり、いつしか海を越え、フランスからも靴の修理を依頼されるように。そこで、より多くの靴の修理に携わりたいと、修理業に専念することを決意します。以来「ハドソン靴店」には、靴の修理依頼が押し寄せるようになりました。

独立1年目から大切にしている、
真摯にお客さまと向き合うこと。

「ハドソン靴店」のバックヤードには今、およそ100足もの靴が並べられ、列を成して修理を待っている状態。それを、村上さんともう1人の職人のたった2人だけで、対応していきます。お客さまへの“カウンセリング”は、村上さんの役割。全国各地から来る依頼のやりとりは、電話が9割を占めるのだそう。「電話だと、お客さまと直接靴を見ながら話すよりも、3倍ほどの時間がかかってしまうんです。対面なら、仮に専門用語を使ったとしても、その意味するところを指で示せば分かりますよね。でも、電話だと、そんなふうにスムーズに意思疎通を図るのが難しいんです。例えば、『リフト』という部分を伝えたい場合、『かかとの一番下の、地面に接する部材が…』とか、こういう言い方をしなくてはいけないんですよね」。

それほどの時間をかけてでも、お客さまが自分の靴の何を大切にしているのか、どういう修理を望んでいるのかをしっかりと把握して、修理に臨む村上さん。その靴の奥にあるストーリーや思いをしっかりとヒアリングして、お客さまに合う修理方法を模索していきます。

「修理職人の立場から言うと、接客の時間を短くして、その分、作業に充てる時間を長くした方が多くの修理をこなせていいかもしれません。でも僕は、数をこなすのではなく、『修理をしてでも、永く使い続けたい』というお客さまの思いに、寄り添いたい。これは、お店を受け継いだ1年目から、大切にしている軸でもあるんです」。

また、村上さんは、お客さまが持ち込んでくる靴に、優劣をつけないと言います。「例えば、持ち主が何代も替わって、100年もの時間が刻まれた靴と、比較的安値で手軽に購入できる靴は、僕にとってどちらも同じ価値なんです。それは、どちらもお客さまにとっては、特別な思いが刻まれたものだから。靴に優劣をつけないからこそ、どんな修理とも向き合えるんだと思います。お客さまにとって唯一無二の靴だからこそ、より一層の緊張感と責任感が伴いますね」。

「ハドソン靴店」のバックヤードには今、およそ100足もの靴が並べられ、列を成して修理を待っている状態。それを、村上さんともう1人の職人のたった2人だけで、対応していきます。お客さまへの“カウンセリング”は、村上さんの役割。全国各地から来る依頼のやりとりは、電話が9割を占めるのだそう。「電話だと、お客さまと直接靴を見ながら話すよりも、3倍ほどの時間がかかってしまうんです。対面なら、仮に専門用語を使ったとしても、その意味するところを指で示せば分かりますよね。でも、電話だと、そんなふうにスムーズに意思疎通を図るのが難しいんです。例えば、『リフト』という部分を伝えたい場合、『かかとの一番下の、地面に接する部材が…』とか、こういう言い方をしなくてはいけないんですよね」。

それほどの時間をかけてでも、お客さまが自分の靴の何を大切にしているのか、どういう修理を望んでいるのかをしっかりと把握して、修理に臨む村上さん。その靴の奥にあるストーリーや思いをしっかりとヒアリングして、お客さまに合う修理方法を模索していきます。

「修理職人の立場から言うと、接客の時間を短くして、その分、作業に充てる時間を長くした方が多くの修理をこなせていいかもしれません。でも僕は、数をこなすのではなく、『修理をしてでも、永く使い続けたい』というお客さまの思いに、寄り添いたい。これは、お店を受け継いだ1年目から、大切にしている軸でもあるんです」。

また、村上さんは、お客さまが持ち込んでくる靴に、優劣をつけないと言います。「例えば、持ち主が何代も替わって、100年もの時間が刻まれた靴と、比較的安値で手軽に購入できる靴は、僕にとってどちらも同じ価値なんです。それは、どちらもお客さまにとっては、特別な思いが刻まれたものだから。靴に優劣をつけないからこそ、どんな修理とも向き合えるんだと思います。お客さまにとって唯一無二の靴だからこそ、より一層の緊張感と責任感が伴いますね」。

一足に込める、
職人のこだわりを追求するために。

どんな靴とも真摯に向き合い、修理に携わる村上さん。その姿勢は、昔の職人から学んだそう。「昔の日本の靴は、靴底に、つくった職人が分かる責任者番号が刻まれていたらしいんです。不思議なんですけど、同じデザイン、同じ革、同じ製法でつくっているはずなのに、売れる番号って偏っていたらしくて。それって、今でも言えることなんじゃないかなと。職人が細部までこだわり抜いたものは、つくり手が説明しなくても、その思いが製品に宿っていて。お客さまがその製品を手にしたときに、『あ、なんかこの雰囲気いいな』とか、伝わっていると思うんです」。

そのため村上さんは、細部にまで妥協することなく、道具にも徹底してこだわり、最終的に自分でつくってしまうことも多いと言います。そのうちの一つが、コバ(靴底の側面部分)を仕上げる塗料を、オリジナルで調合した「コバインク」。10年もの月日をかけて色の調合を繰り返し、改良を重ねて生まれた膨大な試作の中から、何十分の一にまで厳選したものだそう。「靴の雰囲気に合わせて、色味だけでなく、顔料と染料による仕上がりの違いも考慮して使い分けています」。さらに興味深いのは、過去・現在・未来と、時間による経年変化を考えて、インクが選ばれていたこと。「修理する前の状態を見て、経年変化によってどう革の色が変わったのか観察します。それを見越して、どんな色に染めた方がいいのかを考えていますね」。

また村上さんは、昔の技術を再現して欲しいとの依頼内容にも、耳を傾けます。そのこだわりが表れているのが「革底」と、それを留める特殊な「釘」です。「ヒール部分に打たれている四角形の『角釘』は当時のものを復元したオリジナルで、革底に縦に入っている筋は、オリジナルのコバインクを使って、筆で再現したもの。人との繋がりや、培ってきた技術が結集したこれまでの月日があったからこそ実現できた、僕にとっても思い入れのあるものなんです」。

どんな靴とも真摯に向き合い、修理に携わる村上さん。その姿勢は、昔の職人から学んだそう。「昔の日本の靴は、靴底に、つくった職人が分かる責任者番号が刻まれていたらしいんです。不思議なんですけど、同じデザイン、同じ革、同じ製法でつくっているはずなのに、売れる番号って偏っていたらしくて。それって、今でも言えることなんじゃないかなと。職人が細部までこだわり抜いたものは、つくり手が説明しなくても、その思いが製品に宿っていて。お客さまがその製品を手にしたときに、『あ、なんかこの雰囲気いいな』とか、伝わっていると思うんです」。

そのため村上さんは、細部にまで妥協することなく、道具にも徹底してこだわり、最終的に自分でつくってしまうことも多いと言います。そのうちの一つが、コバ(靴底の側面部分)を仕上げる塗料を、オリジナルで調合した「コバインク」。10年もの月日をかけて色の調合を繰り返し、改良を重ねて生まれた膨大な試作の中から、何十分の一にまで厳選したものだそう。「靴の雰囲気に合わせて、色味だけでなく、顔料と染料による仕上がりの違いも考慮して使い分けています」。さらに興味深いのは、過去・現在・未来と、時間による経年変化を考えて、インクが選ばれていたこと。「修理する前の状態を見て、経年変化によってどう革の色が変わったのか観察します。それを見越して、どんな色に染めた方がいいのかを考えていますね」。

また村上さんは、昔の技術を再現して欲しいとの依頼内容にも、耳を傾けます。そのこだわりが表れているのが「革底」と、それを留める特殊な「釘」です。「ヒール部分に打たれている四角形の『角釘』は当時のものを復元したオリジナルで、革底に縦に入っている筋は、オリジナルのコバインクを使って、筆で再現したもの。人との繋がりや、培ってきた技術が結集したこれまでの月日があったからこそ実現できた、僕にとっても思い入れのあるものなんです」。

ものづくりと修理が繋ぐ、
時を超えて愛されるもの。

お客さまの「永く愛用したい」という思いに耳を傾け、丁寧に寄り添うこと。その声に応えるために、道具を自作し細部にまでこだわること。村上さんのこうした姿勢は、修理の仕事を通して多くの「時を超えて愛されている靴」と出会うことで培われ、磨かれてきたものです。そしてより深みの増した思いと技術を、村上さんは「永く愛用できる靴」をつくるために生かしたいと考え、新しい挑戦を始めています。

「ものづくり」と「修理」は、一見、別のことのように捉えられがちです。しかし、「ものを永く愛用する」という点で両者は繋がり循環していく。なぜなら「ものを永く愛用すること」の前提には「直して使う」という概念があり、その考えが生かされることで、「永く愛されるものづくり」も磨かれるからです。修理を生業としてきた村上さんが、これからどのような「時を超えて愛されるもの」を生み出していくのか。つくり手としても気が引き締まる思いです。

つくる人と、直す人。使い手の日々に心地良く寄り添うため、細部にまで職人のこだわりを貫くという意味では、同じ思いを抱いています。その思いは、製品に宿り、お客さまの手元へーー。そして、たくさんの笑顔が生まれますように。

ハドソン靴店
https://www.hudsonkutsuten.com/

お客さまの「永く愛用したい」という思いに耳を傾け、丁寧に寄り添うこと。その声に応えるために、道具を自作し細部にまでこだわること。村上さんのこうした姿勢は、修理の仕事を通して多くの「時を超えて愛されている靴」と出会うことで培われ、磨かれてきたものです。そしてより深みの増した思いと技術を、村上さんは「永く愛用できる靴」をつくるために生かしたいと考え、新しい挑戦を始めています。

「ものづくり」と「修理」は、一見、別のことのように捉えられがちです。しかし、「ものを永く愛用する」という点で両者は繋がり循環していく。なぜなら「ものを永く愛用すること」の前提には「直して使う」という概念があり、その考えが生かされることで、「永く愛されるものづくり」も磨かれるからです。修理を生業としてきた村上さんが、これからどのような「時を超えて愛されるもの」を生み出していくのか。つくり手としても気が引き締まる思いです。

つくる人と、直す人。使い手の日々に心地良く寄り添うため、細部にまで職人のこだわりを貫くという意味では、同じ思いを抱いています。その思いは、製品に宿り、お客さまの手元へーー。そして、たくさんの笑顔が生まれますように。

ハドソン靴店
https://www.hudsonkutsuten.com/