2024.9.22
【徒然革】
革を語るメルマガ:
明治生まれ・日本育ちの「幻の革」
日常生活の役に立たない、
マニアックな革のうんちく知識を
気ままにつぶやくメルマガ
「徒然革(つれづれがわ)」
つれづれなるままに日暮らし、
PCに向かひて、
心にうつりゆく革のよしなしごとを
そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそ革狂ほしけれ——
かつて「副店長」の肩書で、数々のマニアックな革のうんちくコラムを担当した古参スタッフが、日常生活の役に立たない、知るだけムダな革や鞄の小ネタを気まぐれにお届けします。
今回の革メルマガでは、9/12(木)に発売した新コレクション「ジャパンモチーフ 茶利八方」の革について必要以上に詳しく解説。「茶利八方」という、革としては珍しく日本語の名前が付いたこの革の正体と魅力をお届けいたします。
サッカー観戦の合間に、水出しコーヒー(シナモン入り)を楽しみながら、どうぞご笑覧ください。
ルーツである「茶利革」の由来
9/12(木)に発売した新コレクション「ジャパンモチーフ 茶利八方」は、日本独自の進化を遂げたある革の正統的末裔。日本と革にこだわる土屋鞄としては、いつか製品にしたかった夢の革の一つでもありました。
「茶利八方」の「茶利」とは、この革のルーツである「茶利革」のこと。明治3(1870)年に、洋式製革による国産皮革の生産量と品質の向上のために迎えられたアメリカ有数の皮革技術者、チャールス・ヘンニクル(ヘンニンケルとも)氏の指導から生まれた上質な革のことで、氏の愛称「チャーリー」にちなんでこう呼ばれていたそうです。もし、来ていたのがロバートさんだったら「暴武(ボブ)革」……なんとなく「チャーリーさんで良かったな♪」と思うのは私だけでしょうか。
「茶利革」は元々、薄手のヌメ革を揉んで柔らかくし、細かなシワを付けたもので、その後、日本独自の進化を遂げてさまざまな種類ができました。しかし、近年はそれらの技術が失われてしまい、見た目だけ似せたものはあっても、本来の「茶利革」に近いものは”幻の革”になっていたそうです。
今回、土屋鞄が満を持して採用した「茶利八方」は、明治30年創業の皮革卸売商「山上商店」さんが「茶利革」の再現に際し、当時に近い製法にこだわりながら現代的にアレンジしたもので、大変な情熱と苦心の末に生まれたものです。まさに、本来の「茶利革」の正統継承革と言って良い革なんですね。
これぞ究極の手揉み革
今回の「茶利八方」では、原皮に、特有の細やかな毛穴の模様が特徴のゴート(やぎの成獣)を用いています。そのゴート原皮をタンニン鞣しした後、革を湿らせながら手作業で何方向にも繰り返し揉み込み、細やかにクセを付けていきます。この「革を濡らす」というのが実はポイントで、タンニン鞣しのやぎ革は湿った後に乾くと約2割ほど収縮し、引き締まった堅牢な革質になるんですが、その縮む力を利用してシワを付けるのだそうなんです。
と言っても、ただ濡らして乾かすだけではランダムにシワが寄ってしまってダメ。そこで、意図した方向に沿ってシワが寄るように、いわば「道筋」を付ける作業が「揉み」なのです。ところがこれも、ただ適当に手でくしゃくしゃに揉めば良いというものではありません。美しいシワが寄るようにするには、特別な道具と熟練した技術が必要なんです。
その特別な道具というのが、この「舟」。これを革の折り目に当てて前後に揺らしてしごきながら、折り目を何度も繰り返しずらして、細かな筋目を革に付けていくのですが、これが見た目以上に大変な作業。
流れるようにシワを付けられるようになるまでには数年の経験が必要といい、そのため、かつてはこの作業専任の職人がいたとのこと。現在では、この作業ができる職人は日本にも片手で数えるほどしか(この職人さん一人という説も)いないそうです。
八方揉みしている様子
「茶利八方」では、この揉み作業をなんと縦・横・斜めの複数方向にわたって繰り返し、恐ろしく繊細で細やか、かつ特徴的な立体感と張り感を持ったシボ模様を刻み上げていきます。これが「八方」の由来です。この丹念な揉み工程で無数の複雑な筋を入れた後、革を天日で自然乾燥すると繊維が縮み、揉み筋に合わせて美しいシワ模様が入ります。
天日干しの様子
さらに、そのシボの頭だけに光沢を乗せる「頭張り」という工程を経ることで、シボの凹凸の陰影と光沢のコントラストを際立たせ、奥行きのある重厚な表情に仕上げるのが「茶利八方」の特徴。日本独自の美意識と職人技が生み出した、まさに工芸品というべき革だと思います。
「ベルコード」シリーズの「手揉みキップ」
ちなみにこれを一方向だけ行って、並行に走る微細なスジ模様を入れたものを、水の流れに見立てて「水シボ」と言いますが、実は「ベルコード」シリーズの財布の内装に使われている「手揉みキップ」がそれ。シンプルに一方向のみに走る流麗なシボの流れが、紳士のエレガンスを高めてくれます。
もちろん、エイジングも試してみました
上:新品、下:エイジングした製品
さてさて、お待ちかね。タンニン鞣しということで、エイジングももちろん試してみましたよ。試用したのは「JAPANMOTIF 茶利八方 Lファスナー」の「グレイッシュブラウン」色。実際に2週間ほど使ってみたところでは……シボの頭が黒ずんできて、陰影のコントラストがより際立ってきたような感じがしますね。頭張りの光沢も心なしかなじんで落ち着き、滋味深い感じに。渋い、玄人好みの風合いですね。
またこれもタンニン鞣しの革ならではですが、中に入れたカードの輪郭に沿って、軽くアタリも。ただし、革の張りが強いのとカード量を抑えて使っていたことでそれほどくっきりとは出ず、なだらかにフィットしたアタリが出ていますね。この辺は好みかなあ。
派手さはないかもしれませんが、革自体がまるで工芸品の趣きで、使い手の満足感と愛着を高めていく「茶利八方」アイテム。この革ならではの静かな華やかさを楽しみつつ、他の革にはない歴史背景を文化的な魅力としてご愛用いただけたら嬉しいです。
“幻の革”を圧倒的な一枚革で堪能
さて、そんな「茶利八方」を最も贅沢に楽しめるアイテムといえば、「JAPANMOTIF 茶利八方 スリムケース」でしょう。一切の無駄を省いたシンプルなデザインに“幻の革”を大判の一枚革で大胆にあしらい、モダンな印象に仕立てています。
軽やかに携えられるスリムな設計ですが、洗練と気品を濃厚に纏った「茶利八方」の魅力が、圧倒的な存在感を感じさせてくれます。黙って携えるだけで品位と知性が滲み出る佇まいで、トラッドからモードまでマッチするアイテムですね(※個人の感想です)。
といったところで、次号の「徒然革」は、また届いてのお楽しみに。それでは、またお会いしましょう。とっぺんぱらりの、ぷう。
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