眼差しの先にあるもの - 10. 杉田絵梨 -

28歳、鞄職人。柔らかな雰囲気を纏う杉田は学生時代からものづくりの奥深さに魅了され、鞄一筋でキャリアを歩んできました。特にメンズバッグの製造を得意とし、細かな糸処理や縫製を丁寧に仕上げることを信条としています。決して口数が多いタイプではありませんが、言葉の端々からほとばしる情熱。その内に秘めている思いをゆっくり聞きました。

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眼差しの先にあるもの

80代のベテランから20代の若手まで、個性豊かな土屋鞄の職人。
それぞれ、どんな想いで鞄と向き合っているのでしょう。

28歳、鞄職人。柔らかな雰囲気を纏う杉田は学生時代からものづくりの奥深さに魅了され、鞄一筋でキャリアを歩んできました。特にメンズバッグの製造を得意とし、細かな糸処理や縫製を丁寧に仕上げることを信条としています。決して口数が多いタイプではありませんが、言葉の端々からほとばしる情熱。その内に秘めている思いをゆっくり聞きました。



重厚感のある男性用鞄に憧れて。

土屋鞄に入社したのは5年前です。初めて工房に足を踏み入れた時は、想像よりも若い人が多かったのと、皆さんがフレンドリーで驚きました。頑固親父みたいな人ばかりかと勝手に思っていて(笑) そんなことは全くなく、すごく優しかったです。朗らかな空気感は今も変わっていません。

現在は大人向け鞄をメインにさまざまな製造に携わっているのですが、実は女性ものよりも、男性用の鞄をつくるのが好きなんです。特に「ダレスバッグ」のように重厚感のあるものが大好き。どっしりとした佇まいの中に優雅な曲線美が映えて、私が理想とする鞄です。紳士用だから、自分では持てないけれどつくりたい。部屋に飾って鑑賞したいくらいです。

「ダレスバッグ」の製造には緻密さを求められます。それぞれの工程で丁寧につくり込まないと、最終的に口金が合わなくなることや、形がゆがんでしまうことも。堅くて重い革を手で成形してクセづけしたり、マチ部分の折り込みに力が必要だったり、口金周りに穴を開けて手縫いしたり……と、労力を挙げるときりがないのですが、細かい所まで心を砕いた上で完成した時の美しさにときめきを覚えます。


ものづくりへの内なる情熱が
土屋鞄へと結びつく。

幼い頃から、自分の手で何かをつくることが好きでした。母がビーズアクセサリーを趣味にしていたので、小学生の頃からまねしてつくったりして。だからでしょうか、 将来の仕事を考えた時、デスクワークをしているイメージが全く湧かず……。慣れ親しんでいたものづくりを仕事にしたいと思い、服飾の専門学校に進学しました。

専攻はバッグデザインです。数ある分野の中で鞄を選んだのは、自由すぎないから。大きすぎると持てないし、小さすぎると何も入らない。“実用性”という制約の中で、どんな鞄をつくろうかイマジネーションを膨らませるのが楽しくて。中学生の頃、革のバッグを両親に買ってもらったことを機に、革という素材が好きになったのも理由の1つです。

卒業後は修理工房が併設されている鞄の販売店に就職しました。修理を通じてさまざまな鞄に触れられますし、実際に鞄を使う人と店頭で話すのも勉強になると思ったんです。でも少しずつ「つくりたい」という気持ちが大きくなって。そんな時に偶然、専門学校で教わっていた土屋鞄の職人の方から声をかけていただいたのが入社のきっかけです。学生の頃から興味を持っていたブランドですし、うれしかったですね。

最初の2年間は、糊塗りやコバ磨きをするなど下仕事を担うことで、土屋鞄における鞄づくりの勘所や一通りの作業をつかみました。今までと決定的に違うのは、数をつくる必要があること。一つひとつに時間をかけすぎると全体の製造スピードが落ちてしまう。でも、美しく仕立てることも大事。そのバランスは実際に手を動かすことで体得していきました。


「丁寧」と「俯瞰」の視点を
織り交ぜながら。

好きな作業を聞かれると、いつも答えに困ってしまいます。どんな作業でも手を動かすのは好きなので。職人として心掛けているのは、やっぱり丁寧さです。それは性格もありますし、前の会社で修理をしていた頃、ボロボロになった鞄をたくさん目にしていて。製造段階できちんと縫製していればもっと長持ちしたかも……と感じた経験があるから、より丁寧にものづくりをしようとこだわっています。

例えば糸処理。お客さまが鞄を使う時、何かのタイミングで糸が引っかかったり、取れてしまったりしたら残念ですよね。だから浮きが出ている箇所を裏で留め、糸がほつれないようにギリギリで焼くなど、細かなところまで気を配っています。

土屋鞄に入ってからは、俯瞰の視点も持てるようになりました。きっかけは入社間もない頃、先輩職人に「出来上がりを想像しながらつくるのが大事」とアドバイスを受けたこと。何気ない一言だったのですが心に残っています。

「ダレスバッグ」を例に挙げると、鞄の底を縫製する前に「やっとこ」という工具を使って革同士を圧着するのですが、真っすぐではなく、貼り合わせる革がほんの少し底の内側を向くように意識して圧着する方が、最終的に美しく仕上がるんです。そうして常に完成形を見据えることで、個々の作業においても何に注意を払うべきか考えられるようになりました。

昨年から、製作の進行管理をするリーダー業務を任されています。その話をいただいた時は驚きました。班員の中で最年少ですし、私に務まるのか不安で。最初はどうすれば皆さんが気持ちよく働けるか悩んだりもしましたが、今はフラットに、そして分かりやすくお願いすることを心がけています。

口頭で指示するだけでなく実際に目の前でお手本を示す、一人ひとりの個性に合わせてなるべく得意なことをお願いする、ミシンや道具を事前に準備するなど。先輩リーダーと比べるとまだまだですが、細かくフォローするよう気を配っています。


夢は、目指す鞄を
一からつくり上げること。

リーダー業務から学ぶことは多いですが、やはり私は手を動かすことが一番好きなので、いつか鞄を企画段階から携わってつくってみたい。そしてゆくゆくは、自分のオリジナルの鞄をデザインして、世に出すのが夢です。そのためには、デザイナーが考える設計図を元にサンプルをつくることができるようにならないといけません。自分が抱くイメージを鞄に反映できるよう、最近はサンプル製作についても少しずつ教えてもらっています。

では、何をつくりたいんだと聞かれたら、それはやっぱり男性用の鞄ですね。それも大好きな「ダレスバッグ」を、自分でも使えるように小ぶりにしてつくってみたいです。サンプル製作の勉強を始めたばかりの今の私にはまだハードルが高いですが、だからこそいつか挑戦してみたいです。

精緻を極めるダレスバッグを小さくデザイン・設計し直して、一から生み出すのは簡単なことではありません。一職人として技術面はもちろん、リーダーとして携わっている業務の一つひとつもこれまで以上に真摯に取り組み、強みである丁寧さを積み上げた先に、夢の実現が待っていると信じています。