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【徒然革】
革を語るメルマガ:空翔ける
あの"白球"の正体は?

2024.4.11

日常生活の役に立たない、
マニアックな革のうんちく知識を
気ままにつぶやく
「徒然革(つれづれがわ)」

つれづれなるままに日暮らし、
PCに向かひて、
心にうつりゆく革のよしなしごとを
そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそ革狂ほしけれ——

かつて「副店長」の肩書で、数々のマニアックな革のうんちくコラムを担当した古参スタッフが、日常生活の役に立たない、知るだけムダな革や鞄の小ネタを気まぐれにお届けします。

今回は、野球ファンが待ちに待った球春到来ということで、MLBやNPB各球団の選手たちが夢中になって追い続けるあの"白球"の正体を、革フェチ目線でご紹介します。

野球観戦の合間に、定番のビールとおつまみ(銀杏)を楽しみながら、どうぞご笑覧ください。

今でも本革でつくられている硬球

青空を舞い、芝を駆け、ミットに吸い込まれる野球の硬球。サッカーボールやバレーボールが今ではほとんど人工素材でつくられているのに対し、野球の硬球が今だに本革でつくられていることを、ご存じでしょうか。

NPB公式球の規格は「ボールはコルク、ゴムまたはこれに類する材料の小さい芯に糸を巻きつけ、白色の馬皮または牛皮2片でこれを包み、頑丈に縫い合わせて作る。重量は5オンスないし5オンス1/4(141.7g~148.8g)、周囲は9インチないし9インチ1/4(22.9cm~23.5cm)」と定められています(「皮」表記はママ)。コルクやゴムの芯を毛糸や綿糸でぐるぐる巻きにして、最後に2枚の牛革で包み、縫合するわけですね。

硬球に巻く2枚の革パーツの想像図(山添・画)

ここで面白いのは、最後に巻く革の形。なんと、コードバンみたいな眼鏡形の革を2枚組み合わせて巻いているんですね。そんな複雑なつくりなのでいまだに機械では縫製できず、MLBでもNPBでも公式球は今なお全て職人の手縫いで仕上げられているのだとか。しかも、熟練職人でも1個縫うのに30分ほどかかる工芸品のようなボールなんですと!

ちなみに縫い目は、最初112目だったそうですが、試行錯誤の結果、いまは煩悩と同じ108目。これは指へのひっかり具合や、ミシン目のようにパラパラ切れない耐久性などを考慮した結果の数だそうで、特に哲学的な意味はないそうです。知りませんけど。

NPB公式球はほぼ100%「地産地消」

現在日本で使われている硬球の革は、90%が兵庫県・姫路市の製造(残りもほぼ国内)で、原皮はほぼ国産ホルスタインといわれています。当初はアメリカと同様にしなやかな馬革が使われていた(アメリカでは1974年まで馬革製だった)そうですが、野球の普及に伴って馬革の供給が欠乏。代替案として、牛革の中でも比較的しなやかな革質のものになる乳牛種のホルスタインで、体の大きなステア(去勢した雄成牛の原皮)を主に採用することになったようです。

ちなみに1頭分の革からは硬球が160個前後つくれるそうですが、牛の体の部位によってグレードが分かれています。

半裁のなかで最も肌目が細かく揃っている背中周辺がプロ~大学野球用、その外側部分が高校野球用、お腹周りの緩い部分が練習球やサインボール用に使われるそうです。MLBの場合はNPBより公式球が若干大きいので、つくれる数はちょっと少なくなるかもしれませんね。

"白球"は、特殊な鞣し方の牛革

さて、野球ボールといえば"白球"のイメージですが、アメリカでも日本でも、最初期の硬球の色は白ではなく、薄い茶色やグレーが主流だったそうです。しかも、今のようにすぐ新しいボールに取り換えたりしなかったので、多少汚れてもそのまま使用していたとか。ところが、アメリカで悲劇が起きます。夕暮れ時の試合で、頭に向かってきた投球に気付くのが遅れて避けられず、選手が亡くなる事故が発生。この事故を受けて、暗くなってもボールが見やすいよう、色が白に定められたといわれています。

ところが、一般的に用いられるクロム鞣しでは地革がブルーに着色され、タンニン鞣しでは薄黄色や薄茶色(昔の硬球の色はこのため?)に色付いてしまうため、それだけではなかなか真っ白な革をつくることができません。そこで、硬球用の革は通常の革素材とは違った鞣し方が行われているんです。

鞣し剤として主に使われるのは、アルミニウム(ミョウバンなど)やジルコニウム、ホルマリン。これらをクロム鞣しやタンニン鞣しとも複合的に用いたりなどして、芯まで真っ白に鞣しているようです。ちなみに、しばしばMLBの公式球が「NPBの公式球よりすべりやすい」といわれることがありますが、これは鞣し方や仕上げの微妙な違いに原因があるといわれていますね。

革の表面にロウが浮き出した「ブライドル」シリーズ

あまりにニッチな、硬球の磨き剤の「正体」

さてこの硬球の革で面白いのが、鞣しの際に添加される油脂のためなのか、表面にロウのようなものが浮いて光沢が出ていること。このまま使うと滑りやすいので、MLBでもNPBでも新品のボールを試合に使う前には、その光沢を取るために"磨く"作業をするように定められているのです。ところが、この時に使われる"磨き剤"があまりにニッチなもので決まっているため、興味をそそらせます。

MLBでは、とある野球選手が設立した某社が「デラウェア川支流の泥砂」だけからつくる"Baseball Rubbing Mud"。NPBでは、京都府京丹後市の"鳴き砂"で有名な「琴引浜の白砂」に「鹿児島県の火山灰を含む黒土」を絶妙にブレンドした「もみ砂」なるものを使うようにピンポイントで規定されています。しかも、どちらもその組成や配合比率は「極秘」になっていて、それ以外のもので磨くのは許されていないのだとか。

なぜ、ピンポイントにそれでないとダメなのか……野球ファンで革フェチでもある私は、もう気になって夜も眠れそうにありません。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。今回の特集、いかがでしたか? 余裕があれば、野球のルーツとされるクリケットのボールについても触れたかったのですが、これがまた全然違う素材になっている上に、資料がほとんど英語になるのでまた別の機会に——。

といったところで、次号の「徒然革」は、また届いてのお楽しみに。それでは、またお会いしましょう。とっぺんぱらりの、ぷう。

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