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STORIES
OF
CRAFTSPEOPLE

眼差しの先にあるもの

80代のベテランから20代の若手まで、個性豊かな土屋鞄の職人。
それぞれ、どんな思いで鞄と向き合っているのでしょう。

28歳の時に料理人から鞄職人への道を歩み始めた、職人・門井。入社日に豪快な音を立てて動く「業務用ミシン」に憧れて以来、コツコツと技術を磨くこと8年。今ではその技術の高さに周りからも一目置かれ、現在は大人鞄の製造チームをまとめるリーダーを務めています。元々はチームで仕事をすることに苦手意識があったという門井ですが、その心境にも変化が現れたようで・・・。

28歳の時に料理人から鞄職人への道を歩み始めた、職人・門井。入社日に豪快な音を立てて動く「業務用ミシン」に憧れて以来、コツコツと技術を磨くこと8年。今ではその技術の高さに周りからも一目置かれ、現在は大人鞄の製造チームをまとめるリーダーを務めています。元々はチームで仕事をすることに苦手意識があったという門井ですが、その心境にも変化が現れたようで・・・。


料理好きの祖父が培ってくれた、
手仕事への興味。

子どもの頃はサッカー少年でしたが、手を動かすことも好きでしたね。巾着やエプロンなんかを手づくりする家庭科の授業は得意だったし、一緒に暮らしていた祖父の影響で料理クラブにも所属していました。祖父は「男は台所に立つな」と言われて育った世代ですが、料理の得意な人だったんです。自分の手でおいしいものをつくれる祖父が、幼心にとても格好良くて。学校から帰るとおやつによくつくってくれた、ふわふわのパンケーキや蒸しパンが大好きでしたね。

そんな環境から僕自身も自然と料理をすることが好きになり、大学卒業後は調理師の免許を取ってレストランで働いていました。ただ20代の半ばを過ぎた頃に、自分がやりたい仕事って本当にこれなのかなと悩んでしまって。そんなタイミングで見つけたのが、土屋鞄の求人だったんです。

やっぱり何か手には職を付けたかったのと、あまり社交的な性格ではないので、にぎやかな場所が苦手で・・・。職人と言うと、一人で黙々と仕事をするイメージがあったので、自分には向いているかもしれないと思い応募しました。

入社日のことは、今もよく覚えていますよ。工房に入ったら、何とも言えない活気が漂っていて、それにまず驚きましたね。ランドセルがたくさん並んでいて、みんな仕事に集中してるんだけど、20、30代の若い人も多いためか静かな中にも熱のようなものが感じられて。

でも、その驚き以上に心を動かされたのが、ランドセルを縫うための業務用ミシンだったんです。元々機械類が好きなこともあって、ガシガシガシと、これまでに聞いたことのないような豪快な音にすごく興奮して。なめらかな手つきでミシンを動かす職人さんも格好良かったんですよね。その時はミシンが鞄づくりの花形だとも知らない素人だったので、その場で「僕はあれがやりたいです」と声を大にして言ってしまったほど・・・。大型のミシンはマスターするまでに最低でも3年かかるんだと聞いて、「よし、まずはここで3年やってみよう」と心が定まりましたね。


ミシン掛けは慎重に。
でも、スピードと思い切りも大切。

最初はランドセルの製造を担当しました。トンカチで革をたたいて仕上げる張り込みや糊付け、ミシンなど、鞄づくりに必要な一通りの技術は先輩たちに教わりながら、このときに覚えましたね。

ミシンはやっぱり少しでも早く覚えたくて、入社してから2年ほどは始業前や終業後の空き時間に、一人でよく練習をしていました。先輩の手の動きをなぞるようにやってみるんですが、最初は真っすぐ縫うだけのことが本当に難しくて。波打つように、くねくねとした縫い目になったり、余計なところに穴を開けてしまったり。角を縫うときの力加減なんかも分からなくて。コツをつかむまでは時間もかかったし、小さな失敗の繰り返しでしたね。

ミシンはスピードの調整ができるので、少しずつ慣れてきた頃も、最初はゆっくりめの設定にしてカタカタと縫っていたんです。そしたら先輩に「そんなんじゃダメだよ。ミシンはもっとスピードをつけて、思い切りやらないと」と言われたことがあって。確かに一定のスピードで掛けた方が縫い目は断然きれいだし、作業効率も上がる。「そうか、スピードも大事なのか」と腑に落ちて。それまではミシンに触れるたびにどこか緊張して、肩に力が入り過ぎていたところがあったと思うんですよね。だから、いま考えると、「思い切りやれ」というのは、そんな当時の僕に対する先輩からのエールの言葉でもあったのかなと思います。

8年経った今もそうなんですが、ミシンに向かう時は、どんな作業の時にも増して集中します。革は一度穴を開けてしまうとやり直しが利かないというのもあるんですが、僕が縫い始める革というのは、鞄づくりの最後の工程に近くて、それまでにたくさんの人の手が加わっています。大きな一枚の革を裁断する人に始まり、漉きをする人、糊付けをする人・・・。そんなふうに、みんなの手仕事が一つひとつ詰まったものなんですよね。だから、それを考えると失敗はできないです。もちろん、誰しも失敗してしまう時はあるのですが、「今日も失敗しない!」という意識は常に持つようにしています。


1+1=3にも4にもなると
教えてくれた、チームワークの力。

3年前からは大人向け鞄の製造を任されるようになり、今はそのチームのリーダーをしています。これから発売される新しい鞄が製造へ回ってきたときに、つくりが日々の製造で理にかなうものか実際につくってみたり、チームで仕事をするので、納期までのスケジュールや時間配分を考えたりするのがリーダーの仕事です。

周りの仲間に指示を出す立場にもなり、「良いものをいかに早くつくれるか」という職人としての志は、これまで以上に強く持つようになりましたね。どう協力し合えば、もっと生産性を上げられるのか。どう振り分ければ、時間を短縮できるのか。それが今は日々の課題ですが、そのために自分で何でもやろうとはせず、後輩に意見を聞いたり、素直に頼ったりすることもたくさんあります。

先に言ったように、入社する前は僕は一人で静かに仕事をしたいと思っていたし、周りの人とも積極的にコミュニケーションを取るタイプではなかったんです。そんな僕がリーダーになるなんて、びっくりですよね。でも、リーダーになって痛感するのは、チームで取り組むからこそできることがあるということ。1+1=2ではなく、3にも4にもなるんだということを仲間に教えてもらいましたね。同じ目標に向かって協力し合うことで、作業効率が上がったり、思わぬ力を発揮できたり。「あれもできた」「これもできた」という日がときどきあって、そういう日は口には出さないけれど、「チームワークの力だな」とうれしくなります。

一人の職人としてはまだ道半ばですし、「できた」を積み重ねていくことが日々の仕事のやりがいですね。ありがたいことに、僕たちのつくる鞄を長く大切に、愛着を持って使ってくれるお客さまが多いので、そういう鞄づくりの一員でいられることは素直に幸せなことだなと思っています。

ちょっと格好つけた言い方になってしまうかもしれませんが、これから目指す職人像があるとすれば、「考え方にとらわれない、新しいことができる人」でしょうか。職人の仕事って、形を変えずに引き継ぐ大切なものもたくさんあると思うんですが、これまでのやり方にこだわり過ぎず、新しいことを取り入れていくのも必要だなと思うんです。そういう意味で尊敬するのは、創業者でもある現会長(土屋國男)ですね。ものづくりの形を木に例えるなら、太い幹はそのままに、枝葉の方は会社の成長や時代に合わせて柔軟に変えていく。そうやってランドセルづくりを地道にやってきた実践者だから、ものづくりのアドバイスでも一言ひと言にすごく説得力があるんです。いまの僕では足元にも及びませんが、会長のようにたくさんの引き出しが持てるように、まだまだ精進していきたいなと思います。